石垣島バス観光
KBG84の石垣島バス観光が先日あった。まぁ二年に一回のペースかなぁ
もう敬老会や色々な集まりで石垣島バス観光にはみんな何回も経験済みなのだ
「どこ廻る?」って照代が僕に聞く。照代っていうのは年上だけどKBGの面倒を町の職員として
一番長い間頑張って来た ねーさん。「石垣島も、もう行き尽くしたねぇ」
って僕が答え、思いつきで「じゃぁ竹富とか黒島がいいんじゃない?」って言うと「バスも手配
出来んのにねぇ。歩けんよバァちゃん達は」と毎回なる。そうなんです選択肢は石垣島しか
あり得ないのです。で、結局石垣島バス観光となった。バスは東バスという最王手に、というか
そこしかない。で、早速、照代が電話を。何故か運転手をも指名した「Kさんにお願いしますねぇ。
えっ?休みって? 変ってもらってって言っといて」って言ってる。そうなのです。休みなんか
関係ないのですkさんじゃないとダメなのです。毎回彼が担当してくれる。とばらぁま大会
小浜節大会などありとあらゆる地元の民謡大会で優勝してるのです。そして、ありとあらゆる
八重山民謡の発祥地からその意味から説明出来る方なのです。運転しながら「ばぁさんたち、ここ
何処か、わかる?じゃぁここ崎枝の有名な曲を歌ってみようね」って繁盛節を歌い始める。すると
おばぁたちも合いの手と手拍子が始まってわいわい盛り上がるのです。
景勝地につくとバスのドアが開いたところに石の段がちゃんとあって スムーズに降りれるのです
ぜんぶ判ってくれてて ありがたい方なのです。お昼前に同じ会社のバスがちょっと先を
走っていると「あがやぁ あれも同じレストランだから 時間ずらそうね」ってお店に電話して
「今一台行ったでしょ あの団体落ち着いたら行くからよぉ」名前も言わなくても
相手は判ったみたいで「了解」って聞こえた。どうするのかと思えば川平湾の見渡せる
広場にバスを止め、「時間があるからサンシン聞かそうかねぇ」って当然 大拍手
色んな曲をオバァ達もわいわいいいながら楽しんでいた。「さぁレストランにいこうかねぇ」
運転席に戻って再出発。出来る方なのです。帰り道では運転手でしか知らないバスでの話や
外国人のバスの中の様子やらをおもしろ可笑しく方言でしゃべる。その度に喝采
いつもはバスに乗るとすぐ寝てしまうのにこの日は全く元気なおばぁたち
「はいここはオモトトンネル はいるよぉ。これが出来た昭和63年。その時は八重山中の老人会が
トンネル観たさによぉ貸し切りバスでここいっぱい走ったさぁ「運転手さん10分かけて走ってねぇ
このトンネル」って1174メートルしか無いのによぉって困ったもんだったさぁ」って。またオオウケ
島のオバァ達の観光の最後は必ず「買い出し」サンエーはバスの駐車場がないのでイオンで
ゆっくり買い出し。バスだから日ごろ買えない大きなものまで買い込む人も居る
港につくとボランティアの僕らと一緒にオバァ達の買い出し荷物を運んでくれる
照代が「この人、ぶがりのぅしライブに連れて行ったら良いはずよぉ」って横で笑ってる。
本当にそうだよね いつか 無理矢理連れてくかもよ
親父が本当に有り難いと思ったらココロヅケはちゃんと用意しとく様にっていつも言ってた
微々たるものだったがお礼袋を渡しながら
「今回もお世話になりました。しかし見事ですね オバァたちがあんなに喜んで、
歌サンシンもすごくて さすがですね」って お礼を云ったら
「いやいや仕事ですよ。たかだか30年やって来ただけですよ」って笑ってる。
30年 僕と一緒だ。この見事な話術や歌や貫禄 ただ同じ月日を平和な中で歌って来た
温室育ちとは全く次元の違うものを感じましたねぇ まだまだ修行は続くねぇ
この朗読の音源は残っていません。ここにあるのは原稿だけです。