ライブの朗読

ぶがりのぅし

居酒屋も全くなかった時代、島では夜な夜な男衆は

酒の匂いを嗅ぎつけては、「かんぱーい」って何処そこで

宴会をやっていた。それを「ぶがりのうし」と呼ぶ。

お疲れ治しという意味である。

小浜小中学校のPTA作業の後のそれが最大級で50名以上にもなる。

今では考えられないが校庭の芝生の上でね。最初は先生たちも居るし

少し大人しい感じだが、薄暗くなるとPTAとはもう無関係な

畑帰りのおじ〜までも何故か参加している。真っ暗になった頃

サンシンの音色が響き始めたら、もう子供らも節度ある主婦たちも

居なくなったのを幸いに大宴会になってしまい、「かんぱーい」の

嵐が鳴り響く。初めて参加した時、蚊、そう蚊に一人だけ刺されて

苦労したものだ。短パン姿でしたしね。島の男はそれを履かない

作業ズボン。まぁ短パンになってもスネ毛が物凄いから蚊も皮膚まで

到達できず、スネ毛のジャングルに捕獲され、あえなく

お陀仏になっってしまう事も多いしね。

夜の11時も過ぎれば話してる内容も相手もめちゃくちゃになり

はい お開きとなり千鳥足で皆家路に着く。

そんな規模でなくても夜な夜な何処かしこでぶがりのうしは

満天の星の下、乾杯の声、サンシンの音 笑い声が今日も

続いている。 ところ変わって

以前、石垣島のイベントの後、音楽関係者のぶがりのぅしに参加した。

盛り上がってきた頃。「つちだ、あんたはよく東京でコンサート

してるみたいなぁ。なんで?俺たちもいきたいさぁなぁ皆な。

連れて行かんか?」ってノリで話しかけてきた男が居た。まぁ

酒の上の話は空論って言うし「そう、じゃぁ企画してみるかぁ

あ〜面倒くさいから今年やろう」って言ったらしい。そのらしい

ってところを、よく覚えてない。後日あの件だけどってマジな

話に膨らんでしまい 後に引けず 結局、八重山人の東京コンサート

が、実現した。その名も「八重山大ぶがりのぅしライブ」と決定

赤坂の今は無き「赤坂グラフィティー」というところ二日間借りて

計10組以上の八重山ゆかりのバンドが登場。ビギンの先輩格が

主たるメンバー。最初の頃は演奏よりも東京にキタァ

みたいなおのぼりさん気分が強く、色のくろーい冬なのに、かりゆし

ウエアー姿、人相も強面なメンバーらが国会議事堂前で記念写真

撮ってたら警備の機動隊に追われたり、赤坂の路上に停めてある

怪しい、さもあっち系の方の車と思われる白いベンツに群がって

居たから注意すると車に身体擦り付けて静電気起こして遊んでた

今でいうひょうきんなインバウンドな方々でしたよ。

一回きりのつもりだったのに島に帰ったメンバーが楽しかったって

周りに吹聴してたらしく参加者も増え年一回の大人の修学旅行

みたいなライブは継続して、もう20年。

ただのライブじゃない。ぶがりのぅしってタイトル通り宴会芸も

折り込まれ、これが爆発的な人気を呼び、何処かメインに。

衣装から小道具から一年前から準備してやってくれるのです。

まるで八重山に居てぶがりのぅしに参加している感じになる。

それは八重山の人々の大らかな優しさとステージでの演奏レベルが

非常に高いから余計に、その余興とのギャップが、楽しいのです。

一度味わってみたら?クセになるはずよ

今年も11月ここタクトで開催しますよぉ

この朗読の音源は残っていません。ここにあるのは原稿だけです。